ハリコフ

ハリコフ、ザポリージャ

 歴史は繰り返さないが韻を踏む。

 この格言(アフォリズム)、Mark Twain 作との説がありますけれど実際には作者不詳のようです。歴史占星術的観点からは“名”格言と言えます。歴史は韻を踏む、占星術的には時空を超えて影響するからこそ後付けの検証は、前向きな覚悟を決めるのに有意義です。

 クリミアを擁し穀倉地帯で平原地帯のウクライナは、モンゴル帝国の時代から狙われやすい運命なのでしょう。20世紀の独ソ戦においても歴史的に重要な戦いの多くはウクライナで行われました。これは1941年のモスクワ攻防戦に失敗しモスクワを陥落させられなかったヒトラーがモスクワ恐怖症にかかったことによります。電撃戦でモスクワを落とすはずが冬将軍に阻まれた。そこでヒトラーは穀倉地帯のソ連南部に目を向けたわけですが、これは長期戦志向の戦略です。(後述する1939年ベルリン春分図のASCサインにご注目願います。)

 大きく言えば、これでドイツの大勝利はなくなったということでしょう。長期戦に引き込んでしまえばもうロシアのものです。ロシアというのは西欧の常識では測れない懐が深い国です。

 今般のロシアのウクライナ侵攻の激戦地の一つハリコフ。独ソ戦ではハリコフ攻防戦は四度もありました。うち最も有名なのが“ドイツ軍の頭脳”マンシュタイン元帥の指揮ぶりが戦史に残った第三次のハリコフ攻防戦でしょう。第三次ハリコフ攻防戦でマンシュタイン元帥の司令部があったのがザポリージャです。そこをヒトラーが視察に訪れたことが第三次ハリコフ攻防戦の発動につながりました。

 

 

 話しを21世紀に戻します。

 占星術の主要ブランチ(branches, 部門、分野)には、ネイタル、イレクション、ホラリーそしてマンデンがあります。このなかで最も遅れている、復興がすすんでいない分野がマンデンです。欧州に占星術が還ってきて以後、ホラリー占星術の分野には空前絶後の天才的人材が出現しました。ウィリアム・リリーです。しかしマンデンにはそのような歴史的人材は登場してきませんでした。

 マンデンの元祖はプトレマイオスです。しかしプトレマイオスは詳しいことは全くと言うほど述べていません。プトレマイオス占星術師ではなかったので、マンデン占星術について詳述したくても経験がなくそれはできません。また古典古代の時代のマンデンの文献はほぼ残っていません。そもそもあまり実践されていなかったらしい。マンデン占星術の技法が発達したのは中世イスラムの時代です。インド占星術の影響があったのかもしれません。アッバース朝の最盛期には、多くのインド人占星術師がバグダッドを訪れました。

 そういう事情なので、従来のマンデン占星術の議論は、伝統モダンを問わず、多くはナンセンスです。海王星的にすぎます。マンデン占星術の技法を知らなさすぎます。中身を知らずに、逆に知らないからこそ占星術師が自分勝手なことを言っている、そういう印象を受けます。気晴らしや娯楽以上の議論にはなりにくい。国の命運(天命)を星で読む、国の運命を占星術師に託すわけにはいきません。

 

 現在ダイクス博士は、マンデン占星術アラビア語文献、恐らくはサールとアブマシャを英訳中なので、それが完成すれば占星術の黄金時代のマンデン占星術の技法が現代人の前に姿を現すことになります。

 

 ただ前回の当ブログで述べたように、マンデンチャートというのは、ある瞬間のトランジットチャートです。ゆえにマンデンといえどもチャートの読み方の原則は占星術の法則に従います。占星術基本法則に従えば、サールやアブマシャのマンデン技法を知らなくてもある程度トランジットチャート(たとえば春分の瞬間のトランジットチャート)を読めます。

 

 このたびのロシア-ウクライナ危機、2022年2月24日に始まったウクライナへの全面侵攻。国内は言うに及ばず英語圏でもマンデン占星術的観点からの解説記事は低調です。読む価値がある記事を見つけることはできませんでした。今回、2021年春分図での事前予測は全くもって無理でありました。本当のマンデン占星術の技法が中世イスラムの時代以来絶えてしまった一つの傍証です。

 しかし事後なら特徴の検証はできます。事後の検証でも簡単ではありません。今回の戦争については事後ですらまともな占星術上の解説はまだ見つかっていません。

 チャートにある特徴が出たからと言って事が起きるかどうかはイングレスの瞬間のトランジットチャートではわかりません。一方でそのトランジットチャートで示唆されていないことは起きません。ない袖は振れません。これは占星術の大原則です。

 では2021年の春分の瞬間のトランジットチャートいわゆる春分図の特徴を事後検証してみましょう。

 

 戦争が現に起きた、トランジットチャートを読む際にまず最初に確認すべきことは何でしょうか?

 それはアセンダントのサインです。たとえば春分図のアセンダントのサインが固定サイン(不動サイン)なら、戦争は長期化します。何をもって長期とするかはコンテクスト、その場その場によります。

 

 2021年の春分図(Aries ingress)をモスクワで立てます。キエフ(キーウ)ではなくモスクワです。もちろんキエフで立ててもokです。しかしホラリーに限らず、占星術のチャートというのはイニシアティブを取る側やアクションを開始する側を重視します。今回アクションを起こしたのはプーチン大統領ですからモスクワでチャートを立てるのが順当です。

 付言しますと、これは非常に重要な指摘です。戦いを目論む指導者(“王”)が占星術師に事の正否を尋ねたとします。占星術師がまずする仕事はASCサインを事を起こす方に割り当て、そのASCサインが何サインであるかを確認することです。

 ホラリーであれマンデンであれトランジットチャートである以上、この原則は同様です。

 今回ASCはししサインの0度となります。MCはおひつじサイン0度です。下記のリンク先のチャートにヘッドはありません。ヘッドの真値は、ふたご13度です。

 

http://www.horoscope-tarot.net/horo/s/5df570211c0de232b77bbd315a7f3fd6.html

 

 ASCサインはししで固定サインですから戦争は長期化します。占星術やって何が有難いのか、嬉しいのか?、大勢がわかることです。今回は長期戦です。マラソンを走るのと100m走を走るのでは、準備も心構えも違います。事に臨んで覚悟を決めておきたい人たちにとって占星術は有用なツールです。

 なおこの見方(←ASCサインによる判別)の源流は例によってドロセウスです。日本では当ブログだけが何度も強調しているようにドロセウスこそ(実践的つまり本当の)占星術です。この技術は史上最も有名なミリタリーアストロロジャ(軍事占星術師)の一人と目される Theophilus などを介して中世イスラム伝わり、中世イスラムの時代にマンデン占星術は発達し完成しました。しかしマンデン占星術の技術は中世ラテン欧州にはほんのわずかしか伝わりませんでした。その後はほぼ衰退の一途です。現在まともなマンデン占星術は世界中どこを探してもほぼ存在しない状態です。

 

 “ぼやき”はさておきチャートに戻ります。

 ん?ヘッドがふたご13度!?。ほぼ悪い意味にしかならないテイルはいてサイン13度です。テッド・バンディの火星(←彼のICルーラ)はいて13度です。殺し屋ならぬ“こロシア”が焦点となりかねない年です。

 太陽(”王”すなわち大統領)はMCとピタリと合です。“王”の決断次第な年です。この太陽はいわゆる the lord of the year です。トランジット図の一種である春分図での予測は無理です。ギャンブル的な要素が濃すぎます。春分図以外のもろもろの影響が大きすぎます。一方で、春分図で示唆されていないことは起きません。

 戦争はもちろん火星と土星の関連です。ハウスとしては第7ハウスが重要です。

 2021年の春分図では、土星はみずがめ10度、火星はふたご9度です。タイトな土星△火星です。△でも起きるときは起きます。△なのでいわゆる世界大戦になるリスクは低いと言えます。少なくともこの春分図の守備範囲のうちは。

 

 火星と土星の関連があっても戦争が起きないことはあります。春分図で示唆されていることが結局起きるのか気配だけで終わるのか、伝統的占星術でもモダン占星術でも分かりません。

 火星と土星アスペクトをとった時、果たして戦争が起きるのか?。分かりません。しかし起きたとするとアスペクトをとっているはずです。

 第二次世界大戦がはじまった1939年の春分図では、サインに基づくアスペクトで、火星やぎ0度□土星おひつじ18度でした。下記にベルリンでの春分図を引用します。不思議なことにASCサインは2021年モスクワと同様ししサインです。これも一種の韻です。

 

http://www.horoscope-tarot.net/horo/s/5f1f210f6a377b4938b4c531c94f0a40.html

 

 ライツ含む4天体がおひつじサインにあり、やぎサインにある火星がスクエアでおひつじサインをオーバーカミングしている。このコンフィギュレイションは業界では有名な話しです。大国の指導者(軍神みたいな傲慢者←やぎは火星の高揚)が戦争を目論んでいるなら大きな戦争が起きても不思議ではない年です。

 

 今回、2021年の春分図の守備範囲で戦争が起きる示唆がチャートにあるでしょうか。あります。事前予測は無理ですが。事後なら相応にあります。

 戦争のナチュラルシグニフィケータである火星は、他の伝統的6天体全てを見ています。やる気満々です。

 興味深いことに、火星は天王星海王星も見ているのに対し、冥王星は見ていないことです。冥王星が影響するようなチャートは極めてまれです。

 第一次世界大戦冥王星発見以前に起きました。冥王星なしでも世界大戦は起き得ます。核兵器が使われた1945年の春分図をみても、冥王星の影響ははっきりしません。

 2021年のモスクワ春分図では、戦争のハウスに木星土星(←ウクライナ?)が入ります。1939年のベルリンの春分図では、金星みずがめが第7ハウスにインでした。

 金星?。この金星はICルーラ(領土問題)で第10ハウスルーラ(政府の問題)です、ヒトラーは金星強調のチャートです。金星そのものは、一般論としてはあまり戦争向きの天体ではありません。しかし占星術においては特殊論が有効なときもあります。1939年春分の時点では、すでに戦争不可避の情勢(#)で、いつどのようにして始まるか?、後はタイミングだけの年でした。そのような特殊な状況では、金星はもともとはイシュタル、豊穣神ながら戦争の女神でもあったことが意味を持ってしまいます。

 

 

 # 1938年秋の欧州の情勢を知るのに参考になる映画がヒチコック監督の「バルカン超特急」、1938年11月1日米国公開です。これはミュンヘン会談中(同年9月末)に制作されました。ミュンヘン会談こそは歴史の分岐点。これに“勝利”し味をしめたヒトラーは、この会談での協定を無視して1939年3月中旬チェコスロバアを事実上併合してしまいした。この併合により、民衆はともかく英国政府はドイツとの戦争を覚悟したのでしょうけれど、軍事上の打つ手がありません。軍事大国が戦争を決意したら、その決意に対抗できるのは別の軍事大国の戦争だけであり、もはや止める手立てはありません。これが1939年春分直前までの情勢です。

 

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