アルココデン

 アフェタ、ハイレグと来れば、次はいよいよ真打登場、アルココデンです。その前に復習と補足を書きます。

 昨年末からアフェタ(apheta)、ハイレグ(hyleg,hilaj)について記述してきました。アフェタがギリシア語起源、ハイレグが中世ペルシア語起源の言葉です。アフェタは、aphesis(アフェシス)とも称されるようです。ハイレグとアフェタがラテン語読み系の用語で、アフェシスがギリシア語読み系の用語なのかもしれません。

 史家のホールデンは apheticは文字通りには starting の意味だと書いています。また、aphesis は releasing とも訳せるようです。ハイレグはリリーサーという意味です。死は生からの解放ないし釈放ですから、リリーサーとは言い得て妙です。

 

 では古代ギリシア(語)時代のアフェタと中世イスラム時代のハイレグは全く同じものなのでしょうか。これは不明です。チャート上における両者の意義は似ています。似て非なるものなのか、細部は異なるものの基本概念は似ているのか。

 当方の意見では、大きくは同様、しかし細部のテクニックは異なる、これです。異なる一例を挙げます。古代ギリシア(語)時代は、アフェタとなるべき天体はASCサインを見ているかどうかが重要でした。中世イスラムでは、リリーサーの天体の何らかのロード(lord, ルーラ)がリリーサーのサインを見ているかどうかが重視されました。

 アブ・アリ(Abu ’Ali)は、ハイレグつまりリリーサーの求め方を著述しています。しかしそれがアフェタの求め方、例えばデシニエルズのスタート天体の求め方と本筋では同じなのかどうか?、当方では手に余る問題です。

 昼チャートならまず太陽、次に月を、夜チャートならまず月、次に太陽を、検討する。これは古代ギリシアも中世イスラムも同様です。

 復習と補足は以上です。

 

 アルココデン(alcochoden)、アルココーデンまたはアルコホーデン(alcohoden)はラテン語読み系の用語です。ラテン語の音読み英語なので、英語としては意味不明です。アルココデンの語源は、中世ペルシア語で、kad(u)khudhahです。ちなみにギリシア語では、oikodespotes らしい。中世ペルシ語のアタマのkが抜けてアドクデッドァハ→アァコデハ→アルコホデン→アルココデンと訛って発音されるようになった?

 ハイレグとアルココデンは混同されやすい。なかなか魅惑的な言葉であるアルココデンはモダン占星術界にも伝わっています。

 

 モダン占星術の祖の一人ジェームズ・ウイルソンは、アルココデンについてどう説明をしているでしょうか。彼によると、alcohodenは、ハイレグのアラビア語の名前だとのことです。これはやや不適切な説明です。アルココデンはラテン語ですし、ハイレグもラテン語ながら中世ペルシア語の hilaj のラテン語読みです。ただし8世紀後半の中世イスラム占星術師達はペルシア系です。ペルシア語の用語の多くがそのままアラビア語に導入されました。ゆえにアルココデンはアラビア語だという解釈も成り立つかもしれません。しかしながらハイレグ=アルココデンではありません。

 19世紀前半には伝統的占星術は絶滅寸前だったのかもしれません。アルココデンほどの重要な用語が正体不明になっていたようです。

 業界トップの事典を書いたデ・ヴォアですらウイルソンをほぼ踏襲しています。デ・ヴォアは、Almochoden ないし alcohoden はハイレグのアラビア語だとしています。デ・ヴォアはウイルソンの辞典の20世紀の改良版を書こうと目論見ました。しかしアルココデンについてはウイルソンをほぼそのまま書き写しています。

 美術史家のフレッド・ゲッティングズが書いた占星術辞書(1985年)はどうでしょうか。alcohoden はハイレグのアラビア語占星術用語だとしています。

 モダンを代表する3つの辞典ないし事典が枕を並べて“討ち死”にです。モダン占星術界のアルココデンのそもそものネタ元はウイルソンなので、ウイルソンがこければ皆こけます。

 19世紀後半以降のモダン占星術海王星占星術である一つの傍証です。いわゆる“眉唾”もの。疑ってかからないと騙されます。

 正確さでは定評がありモダン占星術の一つのピークをなす1977年刊の Larousse の占星術事典にはアフェタとハイレグは載っていますけれどアルココデンは載っていません。モダン占星術にはアルココデンは用なし、ということなのでしょう。Larousse の占星術事典の参考文献の一つはデ・ヴォアの事典ですから、この事典の編集者たちがアルココデンなる用語を知らなかったはずはありません。

 

 伝統的占星術の復興が始まったとされる1985年以降のモダン占星術の事典ではどうでしょうか?

 英語の原書が2002年刊行の「図説 星の象徴事典」では寿命を決める惑星であり、普通、ヒュレグのアルムーテンだという趣旨が記載されています。アルムーテン(ラテン語、英語ならvictor, 勝利者)というのは、あるサインの度数で最も高品位となる天体を言います。2、3の例外を除いて、サインルーラ(サインのロード)またはサインのイグザルテイションルーラがアルムーテンとなります。

 この説明なら合格点かもしれません。そういう場合もあるということは確かです。つまり寿命計算に関連して、サインのある度数のアルムーテンをアルココデンとする場合もあり得ます。

 

 ダイクス博士は、アルココデンの語源である kadkhudhahを現代英語に訳すなら、ドミサイルマスター(domicile master)だとしています。そして近年のダイクス博士は、ドミサイルマスターに代えてハウスマスター(house-master)を使っているみたいです。

 クリス・ブレナンは、ギリシア語の oikodespotes geneseos を master of the nativity と訳しています。geneseos は英語では genesis で発生、誕生の意であり、占星術では nativity, 誕生図のことです。文字通りには誕生図の家のマスターという意味のはずですが、煩雑になるので誕生図のマスターとしたのでしょう。ブレナンは、master of the nativity がアルココデンだとは書いていません。しかし oikodespotes → kadkhudhah → alcochoden はほぼ間違いないでしょう。

 

 ダイクス博士訳によるここでのドミサイルとハウスは占星術上の12サインや12ハウスではないようです。ドミサイルもハウスも文字通り住まいや家という意味です。一家の主人は、大抵は父親か夫です。つまりアルココデンは、父親や夫のようなもの、家族に“いのち”を与える者です。

 黄道帯12サインのししサインのルーラは太陽であり、太陽は父や夫のいわゆるナチュラルシグニフィケータです。人間界よりもライオン界を観察すると、アルココデン、寿命星の意味がわかります。

 ライオンの群れ(プライド)のボスである父の敗北は、その子ライオン等の死を意味します。群れのボスに勝ち群れを乗っ取った雄ライオンは、敗北した前ボスの血を引く子ライオン等をかみ殺してしまいます。

 アルココデンはチャート上にある天体の群れのボスのようなものなのでしょう。しかし本来の意味は、 master of the house または house-master です。

 リリーサーの天体のロード(ルーラ)またはアルムーテン(victor)がアルココデン、寿命星です。リリーサーのバウンドルーラがアルココデンとして好まれるようですが、必ずそうであるとは限りません。アブ・アリの記述を読んでもこの点曖昧です。詳しくは教室で、ということなのでしょう。

 

*ご参考

 Traditional astrology for today, 「現代占星術家のための伝統的占星術入門」の著者はダイクス博士です。以前当ブログで述べたように、この本で最も有用な部分は用語集です。アルココデンやハウスマスターについて正しい記述がなされています。ただし的確ではありますがごく簡単な説明です。詳しくは、ワークショップやカンファレンスなどで、ということになります。そういうテーマの講義があればですが。

 

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